医療・看護

リーダー

4月に採用された今の職場。

気がつけば5月も後半。

6月には部署異動の予定。

入ったばかりの私をどうするつもり…?

6月から勤務する部署は、高齢化してきた精神疾患患者の介護を中心とする目的で再編された病棟。

6月から本格的に始動します。

そこでは6月から即戦力として期待していただき、現在は新入職員にはさせるはずの無い業務を次々と叩き込まれています。

なかなかのんびりさせてはもらえませんが、やりがいがある仕事なので精一杯頑張ります。

今日は、はじめてのリーダー業務。

前の職場では「荒らす」ことで有名だったわたし。

「ここでは大丈夫」と、根拠の無い自信がありましたが、入院は入るわ、患者はハイだわ、イライラしてるわ…

とうとうスタッフから言われました。

「荒らす方なの?」

「ご想像にお任せします」

長年安静な精神科病棟を荒らすオイラって…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

多形性紅斑

先週から風邪を引いている三女。

風邪症状が治まると下痢。

そして2日前からポツポツと出はじめた湿疹。

Sbsh0082_2
今はこんな状態。

小児科と皮膚科に通っています。
今日は、いつも行っている小児科のクリニックで採血などの検査をして異常なし。

熱もないし、炎症反応も陰性。

診断は多形性紅斑。

文献によると、

紅斑が四肢・手背・前腕・下腿・肘関節・膝関節に好発する疾患で、ときに口腔・口唇・陰部などの粘膜にも生じ、まれに水疱やびらんを伴う。
原因としてウイルス感染、細菌感染。内蔵の悪性腫瘍、全身性エリテマトーデス、薬剤の副作用などが考えられるとのこと。

かゆみを抑える抗ヒスタミン剤の軟膏で対症療法。
医師の見立てでは、4~5日かかるという。

原因は今のところ不明。
感染性も不明だが、発熱も無いので大丈夫ではないかと。

しばらく職場の託児所はお休みでしょうな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

成長障害

成長障害」という言葉は、一般の生活者にはそれほどメジャーな言葉ではないかもしれません。
代表的な言葉で言うと”低身長”でしょうか。
私のような医療職でも、基本的に小児科などの限られた分野でのみ、関わるくらいでしょうか。

とあるデータによると、現在の日本では約1万5千人の患者が、成長ホルモンの治療をうけており、年間およそ1800人程度の患者が、新たに治療を開始しているとのこと。

では、成長障害って何?
って思いお勉強しました。

そこで、簡単に我が子の成長を確認できるサイトをみつけました。

成長障害を治療で克服「ノルディケア」
Screenshot1
成長を判断する材料に「SDスコア」というものを用いるそうです。

こちらのサイトの「自分で調べてみる」で、我が家で一番小さい三女を調べたところ、SDスコアは-0.3でほぼ標準ど真ん中でした。
長女・次女にくらべ、身長も小さく、言葉もいまだに赤ちゃん言葉。
何となく不安でしたが、いまのところ心配はなさそうでひと安心しました。


現在、成長障害と言われている患者の多くは、成長ホルモンの分泌障害が原因だそうです。
成長ホルモンとは、幼児期の骨端の軟骨細胞を分裂・増殖させ「骨を伸ばす」効果と、たんぱく質の合成を促進して、筋肉などを成長させるという、大きくふたつの働きがあります。

 

骨端の成長は、俗に言う「成長期」までで、それ以降も骨端の成長が進む状態を、俗に「巨人症」や「末端肥大症」といい、成長障害とは対極に位置する障害といえます。プロレスや大食いなどで有名な方の中にも見られます。

これらとは逆に、出生時の脳への影響などによる成長ホルモンの分泌不足などが原因で起こるのが成長障害といえます。

 

子をもつ親として、ひとつひとつの成長は感動であり、大切な思い出となり、自分の親としての役割に対する「ご褒美」です。
近所や親戚の子供とくらべたりすると、「うちのこ大丈夫かな?」と不安にかられるのも「親心」です。

これらの不安や疑問についても、詳しく掲載されています。

・お子様の成長でお悩みの方へ
・すこやかに育つ環境とは

 

個人的に重要視しているのは「睡眠」

成長ホルモンは睡眠中に分泌が促進されます。
骨やたんぱく質をつくる成長ホルモンは、同じたんぱく質でできている脳も成長させます。
脳は、体全体をコントロールするメインコンピュータであり、情動や思考などを司ります。

現在、精神科勤務ということもあり、思春期や成人に発症する精神障害者の背景には、幼少期の家庭環境に問題を抱えていたケースが非常に多いんです。

 

親の過干渉や、虐待。

今も形を変え、家庭には様々な問題があります。
それらが、小さい子供の睡眠を妨げていたとしたら…

私なんかも、仕事のストレスが溜まると、眠っていても寝た気がしなかったり、夢見が悪かったり、何度も目を覚ましたりするもんです。

 

「寝る子は育つ」

昔からの言い伝えは本当なのです。
子供が親の愛情を感じ、安心して眠ることのできる環境が大切なんですね。

そんな我が家の子供たちは、夜更かしが大好き。
半ば怒られながら夜9時には床に入ります。
ほんとうは、8時には寝てほしいところですが…(私は、8時には寝かされてました)

 

また、「地方自治体別医療助成」というリンクでは、全国各主要都市の小児の医療助成について掲載されています。
”主要都市”なので私の住む小さな街について自分で検索してみたところ、以下のような内容でした(サイトからコピペ)。

<平成20年10月より、小学生の入院・指定訪問看護が助成対象に!>
 乳幼児等医療費助成制度は、乳幼児、児童の疾病の早期発見と治療により健康の保持・増進を図ることを目的としたものです。

     対象年齢及び適用について

・小学校就学前までの乳幼児(6歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にある乳幼児)
 ⇒入院、通院、歯科、調剤等にかかった健康保険適用分の医療費

・小学生(6歳に達する日後の最初の4月1日から12歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあ
 る児童)
 ⇒入院と指定訪問看護にかかった健康保険適用分の医療費

     医療機関にかかったとき(入院、通院、歯科、調剤)


・ 受診のときには、必ず健康保険証と乳幼児等医療費受給者証を提示してください。


・ 北海道内の医療機関にかかったとき〜
  3歳未満・市道民税が非課税世帯→ 初診時のみ一部負担金がかかります。
  市道民税が課税世帯→ 医療費の1割がかかります。
                  (月額上限 入院+外来44,400円 外来12,000円)

・ 北海道外の医療機関または乳幼児等医療費受給者証の使用ができない医療機関にかかったとき
  〜医療費を一時自己負担してください。
  ※道外でかかった医療費、受給者証が使えなかった医療費、また月額上限を超えた医療費等の請求
   は、乳幼児等医療費支給申請書(市民課医療費助成担当窓口にあります。)に受診した医療機関の 
   領収書を添付し、1ヶ月分まとめて払戻請求してください。

※健康保険適用外の医療費又は無保険の場合の医療費は自己負担となります(助成の対象になりませ
 ん)。

おらが街は、貧乏なのでいろいろ大変だとは思います。
それでも、こどもは自治体にとっても宝。こういう制度で子供の健全な成長をサポートしていただけるのは大変ありがたいことです。
他の街を見たところ「小学校就学前まで」という自治体も多く、この街はまだ優遇されているようです。

 

とにかく、
障害の有無に限らず、規則正しい生活が何より大切であり”ヒト”ではなく、心を持つ”人間”として、「成長」できるよう、考え続けなければならない私たち大人の責任は重大ですな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新しい職場と我が家の近況

4月1日から職場をかえ、とある民間病院の精神科病棟に勤務しています。
入院している患者は、統合失調症やアルコール依存症、躁鬱病、てんかんなどなど。
入院も長期で、退院を目的としてではなく、病院での余生をのんびり過ごすという感じの雰囲気です。

激しい精神運動興奮もなく、ほとんどの患者が安定した入院生活を送っています。

前の職場とはガラリとかわり、のんびりと患者さんと過ごす日々。

今日は作業療法のお手伝いで、市内の体育館へ行き、卓球やミニバレーをしました。
すごく懐かしく、患者も職員も楽しく過ごせたのではないでしょうか。

看護のスタンスは、多少古い気がする。
まあ、あまり気にせず、おいおい考えることにします。

何かの間違いで、私に肩書きがつくようになったらね。

そのおかげで、家族と過ごす時間がすごく増えました。
朝もゆっくりで、帰りもはやい。

今回の転職は、これが一番の目的。
子供らが小さいうちは、”仕事と家庭の両立”を第一目標にして、多少貧しくても楽しい我が家を目指します。

家族も理解してくれているようです。

今年の夏は、家庭菜園に挑戦しようと考え中。
秋にはキムチを漬けてみたいので、白菜なんかを作ってみたい。

楽しみです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

理想と現実…

私の勤務する病棟に入院していた患者さんが、数日前に病状の悪化で集中治療室に移ったのだが、昨日は「峠」だった。

心筋梗塞による循環動態の悪化、度重なる重症不整脈、そして糖尿病による腎機能障害、さらに恐らくガンであろうと思われる大量の下血。

血圧はどんどん下がり、大量の輸血と昇圧剤の投与などなど…。
集中治療室に移るころは、持続点滴や持続注射のための機械(輸液ポンプ・シリンジポンプ)が点滴スタンドに花が咲くようにたくさん付いていた。

 

どういういきさつかはよくわからないが、集中治療室(以下、ICU)には他にも患者がいるため、家族が終日付き添えず、待機する場所として私どもの病棟の個室を提供することになった。

 

なんとなくだが、「なんで?」という違和感を拭えないまま業務をこなす。

 

そのうち準夜の勤務中に、「病状が悪いのでご家族を呼んでください」と連絡が入る。
そのとき、家族は席を外しており個室には誰もいなかった。

「こちらには、いらっしゃいません」

なんて、いい加減なこともできないので、院内を探すように残業中の日勤スタッフと遅出勤務の助手さんにお願いして、さっさと仕事を片付けることに専念。

 

さらに、ICUを管理する看護師長からの内線、「非常に危ない状況。ICUの他の患者の状況によっては、そちらの病棟で死後の処置をさせてもらう可能性がある。」

「わかりました」
と答えると、

「その場合は、うちは忙しいので、処置にはうちのスタッフ一名とそちらのスタッフでやってもらいたい」

という。

「は?」

 

なんで、うちの患者じゃない人のケアをうちのスタッフが?
気の小さいわたしにとっては最大限の反抗だったが、やはり伝わらず

 

「その時は連絡ください。こちらもほぼ満床ですので。」

と泣き寝入る。

 

結果、その日の夜に患者は息を引き取り、そのままICUで死後処置を行って退院し、
私たちが心配したようなことにはならなかった。

 

どこの病院でも多かれ少なかれある。
重症者ばかりを看て、高度な医療や看護ケアを専門に行う部署は「お高い」。

しかしこちらとしては、他の部署の患者や家族のケアまでやらされていては、はっきり言って仕事にならないのである。

 

そういえば、この患者さんが急変したときもICUでは

「他の患者の退室の準備中で受け入れられない」

という本末転倒な理由で入室を断られ、ギリギリまで設備の整わない病棟でいろんな処置や治療を施したということがあった。

 

集中的な治療やケアを行う集中治療室(ICU)がこれってどうなんだろう。優先順位(医療業界ではトリアージなんて言う)があるでしょう?生死よりベッドコントロール?

 

イライラしながら思う。

一人で20人前後の患者を看なければならない病棟スタッフとしては、重症だが数名の患者を看る「お高い」ICUに対する不快感に今も悶々としております。

 

今日の酒は不味い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

チームナーシングって?

私の職場は、詰所内のスタッフを2チームにわけたチームナーシングをとっています。

基本的に勉強不足なので詳しいことを書けないのが残念ですが、固定チームナーシングというヤツでしょう。

循環器内科医が3名おり、A医師の患者を担当するチームとB医師の患者を担当するチームの2チーム。もう一人のC医師の患者は両チームがそのときの患者数などを考慮して配分するような感じです。

「そのときの状況」によってA医師の患者もBチームでとったり、その逆もあったりなのですが、そういうときに限ってスタッフのいろいろな感情が表に出てきます。

基本的に急な入院は誰もとりたくないもので、「患者少ないんだから、そっちでとればいいのに」とか、「今日はうちのチーム、検査が多くて大変だからそっちでとってほしい」などなど。

事情はそれぞれである。

基本的には、チームリーダー同士が話し合いでどの患者をどちらのチームで受けるかを決める方針でいる看護師長は、よほどのことがない限り我関せずである。

先日、私がリーダーを勤める日に、私のチーム医師の患者3人が入院した。さらに相手チームの医師の患者も予約入院を含めて3人入院になった。

相手チームは前処置の大変な検査や、心筋梗塞後の不整脈が頻発するような病状不安定な患者がおり、大変なので入院患者一人を私のチームで受けてほしいという依頼があった。

快く受けた。チームのスタッフもある程度余裕があるように思えたからだ。
その時点で、うちが4人、相手が3人受ける予定。

しかし、相手チームの3人目の入院患者が外来で手間取って、夜勤での入院となった。
この時点で、うちが4人、相手が2人。

勤務終了後のうちのチームスタッフから相手チームと私に対し、「むこうはそんなに忙しくないはずだ。入院を受けるくらいのことはできるだろう」「不公平だ」「受けなければよかった」などなど・・・

結果論じゃねぇの!?

実際、勤務を終了して帰れたのは両チームとも同じ時間だったわけだし、自分としては間違ったことはしていないと思うんだけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

AED

今回は恥ずかしい話し。

先日、心室性不整脈を起こした患者に対し、AEDの使用に手間取って医師に注意されるということがあった。

講習は受けていた。院内のAEDは各フロアに設置されているが、私の勤務する病棟は循環器病棟ということもあり、医療用の除細動機にAEDモードが付いているものを使う。
AEDモードで使用する場合、専用のケーブルに付け替えてからパッドを接続する。

実際、今まで3年間の勤務でAEDを使用したことはなかった。

また、AHAガイドラインに準じた蘇生法やAEDの適応など、講習で学んだことは患者の急変でぶっ飛んでいた。いや、忘れていた。

次の日には別のスタッフが、VT(心室頻拍)が起きたときに、もうろう状態の患者にAEDを行い、また医師に注意された。

またWikipediaだが、「AEDは意識がなく呼吸のない人のみに用いる」と書いてある。

もうろう状態は意識があるから適応では無い(?)

と判断するのは経験の少ない私に難しいと思う。

一般市民も使えるが、このような細かな判断が必要なところは大変そうだ。

何にしても医療職として恥ずかしい。
勉強しよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

都合のよい解釈

子供たちの冬休みが終わり、我が家にも少し静寂が訪れている。

昼間だけ。

その冬休み中、私の勤務や子供の胃腸炎などでお正月に実家に帰ったくらいで、どこにも連れて行けなかった。

今週末はお休みなので、念願のスキーに行こうというはなしになっていたが、お子様たちは学校や幼稚園で風邪をもらって帰ってきた。

こりゃ行けないだろうな・・・

昨日は、夜勤前に子供を小児科に受診させて薬をもらって帰宅し、程なく出勤。患者の急変やナースコールの対応などで忙しく、帰宅したのは今朝。

なんだか忙しいし、予定通りに事が運ばない。私の日ごろの行いがわるいのでしょうか。

入院中の肺がん患者の病状が進行し、苦痛と不安からナースコールが頻回にななり、スタッフの少ない夜勤帯での対応が難しくなっている。数日前から、ご家族の付き添いが始まったが、その家族にも事情があるので付きっきりとはいかず、寂しさを感じているようで不安や倦怠、苦痛の訴えが多い。

先日も、鎮痛剤を投与したあとに「薬が効くまでそばにいてちょうだい」と言われ、20~30分他の業務を中断し付き添った。

当然だが、その間のほかの患者さんへの対応は、その患者に待ってもらうか他のスタッフに対応してもらうかになる。基本的に患者を待たせるのはよくないが、ある程度の優先度の判断は必要かと思う。

昨日の夜勤では、あまりの激務だったため、同じようにそばにいてほしいと言われたときに、「他の方も待ってますので、ひと段落したらまた様子を見に来ます。何かあったらコールしてください。」と伝え、業務に戻った。

そのあと付き添いの娘さんも来てくださって、患者本人も安心したのかコールは無かった。

都合のよい解釈なのかもしれないが、このような場合、私はできるときは叶えてあげるよう努力し、困難な場合は、そばにはいられないがいつでも駆けつけると訪室するたびに伝え続けるようにしている。
コールすれば、必ず「すぐ」来てくれるということを感じてもらえれば、その寂しさや不安は軽減できるのではないだろうか。

やはり、都合のよい解釈なのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

胃瘻について思う

今日、私の受け持ち患者に胃瘻をつくった。

胃瘻とは、「体外から胃内腔へ向けて、皮膚・皮下組織・胃壁を貫通した瘻孔に、栄養チューブの一端を体外へ、他の一方を胃腔内に留置する」と、Wikipediaにかいてある。

経口摂取ができなくなった人が対象になる。

私の患者は、今のところ意思の疎通がとれず、身寄りの無い生活保護受給者である。

生命と言うものは「地球よりも重い」といわれるが、当人たちがそれらの処置を施してまで「生」にこだわった人なのだろうか、と考えてしまう。実際、この仕事をしていて、急患として運ばれてきて治療の甲斐あって病状が回復した患者でも「長生きはしたくない」という人は多い。高齢の患者のほとんどは、「死」への恐怖よりも、孤独や人生の冬をすごすことへの不安のほうが強いようだ。その不安のために死を選ぶ人も少なくない。

これらの医療技術の進歩で高齢者や障害者の不遇の死は、間違いなく減ったのだろう。救われている人は多いのは明らかだ。

たとえ本人の意思が確認できずとも、家族が望み、その責任を果たすべく我々医療スタッフも、介護スタッフも、ワーカーもすべてにおいて、いいことも悪いこともすべてを説明して、書面に残し、同意を得て、望んだ家族も一生懸命「家族」として関わり続けることができるのなら問題は無いのだろう。

今現在、このような比較的新しい医療技術による栄養管理を受けている方々は、そのようなものがあることもよく知らずに高齢者となり、ある日突然、「あなたはご飯が食べられないかもしれませんので、お腹に穴をあけて栄養を注入しましょう」といわれるのかもしれない。

「先生」と名のつく人には頭の上がらない文化で育ってきた人がほとんどだろう。いまだに医師にお金を渡したがる患者もいる。

最低限、今自分にできることは、患者の苦痛をできうる限り軽くして、本人の意思を聞き、そして尊重する。それを治療方針に組み込めるよう努力することと、独り身になっても正しい見の振り方ができるよう自分の遺書を残すことだろう。

命を救うことは、なまら難しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

モンスター

昔と違い、食事と医療の関係はずいぶん変わった。

昔は、栄養を取って回復を促進するべく頑張って食事を介助したものだが、最近は患者の苦痛に焦点をあて、食べられないときは他の栄養補給手段や食べやすい形状に変えたり、少量で高濃度の栄養が摂れる食品(医療用)を使ったりする。大昔は看護者がその役を担い、患者さんの目の前でたべやすい形にしたり、励ましたりと時間を割いたものだ。

最近は高カロリー輸液やPEGなど技術も進歩し、一時的で身体的な苦痛と「食を楽しむ」ことができないことを除けば、栄養補給の選択枝は広がった。

さて、今回の話、「モンスター」だが、今朝の出来事になる。

COPDと肺炎で入院中の患者で、もともと食事が摂れず外来で某経腸栄養剤を処方されていた。最近は、呼吸困難や喘鳴が強く痰の絡みも多くなってきた。心エコーではかなり重症な弁膜症もあることがわかり、肺高血圧なのだそうだ。年齢的にも外科的処置は難しく、最近は苦痛を取り除くことが中心的な看護援助になっている。食事が取れないときは静脈から補液を行い、呼吸困難が少しでも改善するよう安静を促している。

さて、ここでモンスターの登場である。

上記の患者の同室者で元市の職員。社会福祉の分野で活躍したちょっとした名士(のよう)である。そして、その隣にいるとある患者の2名。食事を摂れない患者のことを心配するあまり、毎日(だったらしい)看護師に対し、「お前らがちゃんと食事を取らせないからだ」とか、「食べれないからとすぐ食事を下げるからだ」とわれわれの援助に対しかなりしつこくものを言う。うちのスタッフもはじめのうちは傾聴し、頷いていたようだ。最近では、あのふたりは何なんだというくらい、一日中その事を来る看護師に訴える。

事情を説明しても(本来は個人情報なので説明する必要はないのだが)理解を示さず、完全にわれわれの責任問題にしようと躍起に見える。

今朝、その肺炎の患者さんの状態が悪くなり、SPO2も低く、呼吸困難と倦怠が強かった。肺雑音があり顔色もわるい。食事どころではないのである。

ちょうどいいタイミングで配膳の時間。今日は朝食を中止すると判断した私。それを見たふたりは「ここぞ!!」とばかりに物凄い腱膜でまくし立ててきた。「食べさせなきゃ駄目じゃないか!お前らがそうだからこんなふうになるんだ!」

あなたたちがこの患者の家族なら一生懸命説明し同意を得る努力をしましょう。心配してくれるのもありがたいことなのかもしれない。

でも私はキレた。

「こんな息苦しい人に、ご飯食べさせる看護師はいません!」

「じゃあ、点滴でもしてやれ!」

「いつもしてるでしょう!」

・・・沈黙。

早速、朝のミーティングで上司に報告。「苦情が来たらすいません」と謝り年甲斐もなく熱くなった自分に反省した。が、どう考えても納得できない。一生懸命関わり、モンスターたちとは違う方向性だったが努力は続けてきたつもりだ。それを全部否定されたような気がする。

最近医療業界は、経営も厳しくバッシングも激しい。以前のような「お医者さん、看護婦さん」という雰囲気はなく、何かあればいつでも叩いてやるという冷たい空気に満ちている。

そして何より、われわれの努力や専門性が伝わらないことに非常にジレンマを感じる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

クレーマー・クレーマー

先日から、とある患者さんのご家族に、病棟スタッフの看護や対応に対し、たくさんのクレームがきている。

羅列する

・車椅子への移乗やポータブルトイレへの移動の際、用意だけして手伝うわけでもなくただ見ているだけ

・スタッフに伝えておいたことが担当者に伝達されていない

・スタッフによって患者さんへの対応の仕方に差がありすぎる

などなど。

これらのことは、その方曰く、他の患者さんやご家族からも同じような話を聞いているとのこと。さらに、残念なことは(本当かどうかわからないが)私の勤務している病棟は、対応やかかわりの悪さで有名なのだそうだ。

そして、シメにいただいた言葉

「自治体の病院としてこれではいけないのではないか。」

重い言葉。

自治体病院の辛さ。

医療業界の学会や広報等のわれわれしか読む(聞く)ことの無い話の中では有名だが、地方の病院は疲弊している。

人は少ないし、患者さんは高齢化し続けるし、法制度は厳しくなる一方だし、どんどんアメリカナイズされてシステムばかりが進化して、それをコントロールできる人材が不足している。

医療は(看護は特にだが)、知識と技術と心だと思う。

ミスが起きないある程度のシステムはもちろん大切だと思うし、それよりも常に話し合える環境やコミュニケーションは重要だ。最近働いていて、進んだ知識や技術、そして制度やガイドラインというものに現場の人間も翻弄されて、「患者を看る」という部分が薄らいできているような気がする。つまり、「看る」ではなく「看なければならない」になってきているように思う。もちろん自分も含めての話である。マニュアルやガイドライン、制度にのっとって仕事をすることは簡単である。それに従い、もし何かあればその「もの」が悪いことになる。自分に責任は無い。

それでよいのか。

今世論は、ミスが起きれば具体的な解決策を求める。それはイコール、マニュアル・ガイドライン・制度となる。偏った言い方なのかもしれないが、ミスが起きるたびにそれらは増え続け、業務に余裕を欠き、更にミスを招く。

今回のクレームは、私が患者さんやご家族の立場になれば、ものすごく共感できてしまったので何もいえなかった。

それが良かったのかもしれない・・・。下手に正当な「言い訳」をすればミスを隠すことにつながり、医療は聖域として患者さんやご家族はなき寝入るか、モンスターペイシェントと化す恐れもある。

とりあえず、今後上司に報告して対応を検討することになるだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)